2018.01.20 08:30

土佐藩兵の初期軍服発見 高知市の子孫が保管 企画展で公開

新たに見つかった土佐藩兵の軍服と手旗(南国市の県立歴史民俗資料館)
新たに見つかった土佐藩兵の軍服と手旗(南国市の県立歴史民俗資料館)
 明治初期、新政府軍と旧幕府勢力が戦った戊辰戦争に従軍した土佐藩兵の軍服が、高知市の子孫宅に残されていたことが高知県立歴史民俗資料館(南国市岡豊町)の調査で分かった。西洋式の軍服に変わる以前のはかまと洋服を組み合わせた和洋折衷の衣装。同館は「明治維新の混乱期をくぐり抜けて残った重要な史料」と注目している。20日から始まる同館企画展で公開される。

 軍服は、旧佐岡村(現香美市)の郷士・森田団右衛門のひ孫にあたる森田拓男さん(65)が保管。団右衛門は新政府軍に参加した土佐藩の主力部隊「迅衝(じんしょう)隊」の隊員だった。

 同館学芸員が、森田家に残る古文書や軍服を着用した団右衛門の写真、土佐藩兵が描かれた絵巻物などから当時の軍服と確認した。

 上下とも黒で、上は袖や襟口にボタンが付いた洋服の上に和服を羽織り、下は動きやすさを重視してはかまを短く切った「段袋(だんぶくろ)」と呼ばれる形式。はかまの裾の白線は、土佐藩兵の特徴だという。

 同館には、戊辰戦争後半に使用されたとみられる土佐藩兵の西洋式軍服(フロックコートとズボン等)が寄託されているが、戦争初期から使用された和洋折衷の軍服は初確認で、「保存状態も良好で、服飾史の観点からも貴重」(野本亮学芸課長)としている。

 また同館は戊辰戦争中の1868年2月に大阪府堺市で土佐藩兵がフランス水兵を殺傷した堺事件から今年で150年を迎えるのを機に、関連史料を調査中。藩兵の遺品を保管する同市の妙国寺で、堺事件当時の隊長が持っていた手旗(縦61・5センチ、横60・5センチ)も確認された。

 野本学芸課長は「維新は大政奉還で終わりではなく、その後の内乱で土佐藩士にも多くの死傷者が出た。戊辰戦争や堺事件など明治初期の出来事にも目を向けてほしい」と話している。

 軍服と手旗は20日から同館で始まる企画展「堺事件」で展示される。

カテゴリー: 主要文化・芸能高知中央


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