2018.01.14 08:00

声ひろば 2018年1月14日、日曜日

1.父母のこと
【赤星和美、73歳、主婦、南国市】
 私の父は田舎の小さな町で、ほそぼそと電気店を営んでいました。私が小学生の頃、お昼ごろから雨が降りだすと店先に雨傘を十数本ぐらい用意し、ぬれて帰る子供たちに「さして帰りや」と差し出していました。
 またある時は、近くの工場の従業員が「工場がつぶれそうだ。機械を持って行かないで。取って行かれたら、みんな家族が路頭に迷う」と涙ながら訴えに来ました。
 父の手元には分厚い不渡り手形があるにもかかわらず「分かった。頑張りよ」と、機械を引き揚げませんでした。
 母は大の料理好き。よくおかずを多めに作っては、私に「持って行ったげ」と手渡し、私はお父さんのいない友達の家へ走って持って行きました。友達の「ありがとう」がうれしく、私の心が癒やされました。
 父母はいつも言っていました。「少しでも他人の役に立てる事があれば、苦労と思わず結果を期待したらいかん。巡り巡って、子供たちに困った事が起きれば、誰かそっと手を差し伸べてくれる人がいるかもしれない」
 そんな父母を見て、私もいつか孤児院と老人ホームを建てたいという壮大な夢を描くようになりました。実現はできませんでしたが、今でも父と母の言葉を忘れる事なく、いつも感謝の気持ちで小さな事を一つずつ積み重ねています。
 
2.主権は政府にある
【中井明久、64歳、自営業、土佐市】
 先日、Eテレ番組「砂川事件60年後の問いかけ」を見た。
 1957年7月8日、米軍の東京都立川飛行場拡張に反対するデモ隊が、立ち入り禁止境界柵を破壊して敷地内に侵入し逮捕される。しかし、東京地裁の伊達裁判長は「安保条約に基づく米軍の駐留は憲法9条に違反しており違憲」として被告人を無罪とする。
 それから9カ月後、最高裁が安保条約のような高度に政治的な問題は司法が判断しない「統治行為論」という考え方で、判決を覆して一審を破棄。被告全員の有罪が確定した。
 そして2008年、アメリカの秘密指定が解除された外公文書には、判決は安保改定の妨げになり、世論操作のためにも無効とする策略を日米間で密かに協議したことを示している。
 判決の翌日、藤山外務大臣にマッカーサー駐日大使が「高裁への控訴で議論を長引かせず、日本政府が直接、最高裁に上告」を進言。外務大臣は「閣議で、高裁を経ず最高裁への跳躍上告を促す」と回答した。
 また、最高裁長官も米駐日大使に「最高裁では全員一致で一審の判決を覆す判決に導く」と伝えている。これは、司法が政府に屈服し、安保改定有利に計らった判決といえる。
 こんな文書が発覚しても元被告人の抗告を破棄する裁判所の統治行為論固執は、憲法にある主権在民ではなく、主権は政府にあるとの表れといえる。
 
3.おいしいカツオを守れ
【豊田勝彦、31歳、会社員、栃木県】
 妻の地元である高知県のニュースは、日ごろから目を掛けるようにしている。最近、「太平洋カツオ乱獲懸念 集魚装置規制緩和へ 県内漁業者危機感」という記事を見た。
 漁獲ルールを決める中西部太平洋まぐろ類委員会の年次会合で、巻き網でカツオを取る際に使われる人工集魚装置の規制緩和が決まり、高知県のカツオ漁関係者から懸念の声が上がっているというものであった。
 高知県のカツオは身が締まっていて、プリプリの食感があってとてもおいしい。帰省の際にも必ず家族で食べていて、栃木にいる時もお取り寄せをするぐらい好きである。
 そのおいしいカツオを安定して食べることができるのも、カツオ漁関係者が乱獲を行わず、稚魚などの小さいカツオは育て、貴重な資源としてカツオと共に歩んできたからだと思う。
 世界的な規制緩和により乱獲などの心配はあるが、高知県だけでなく日本全体で問題提起して、海産資源としてカツオを守る努力を行うべきだと私は思う。
 
4.馬路での出会いに感謝
【元沢利明、39歳、自由業、東京都練馬区】
 皆さまは、どんなふうに旅行を楽しみますか? われわれ夫婦は現地ならではの生活や文化、風習、こういった「自分たちとの違い」を楽しんでいます。
 観光客向けに作られた土産店よりも、地元の方々が普段使いする市場や商店に行く。そんな信条です。こんなわれわれが高知への旅行を決めたとき、馬路村を訪問先に選ぶのは必然のことでした。
 人口900人の村の生活。そこには何があるのだろう、と。訪ねたのは12月半ば。村の代名詞でもあるユズの収穫は終わっていたものの、村には旅人を楽しませようとする心意気がありました。
 2日にわたってガイドしてくれた清岡さんは人生の大半を村で過ごしてきた、いわば馬路のスペシャリスト。われわれの旅の関心事を知ると、それをくみ取るように、村を歩きながらさまざまな話をしてくださいました。
 村の歴史に始まり、築100年にもなる家や、それを支える石垣のこと。山間ならではの畑や田んぼのこと。果ては清岡さん自身がこれからの人生をささげようとする米作りの話まで。
 ご自宅の軒先で手作りの干し柿をごちそうにもなりました。美しい朱色と絶妙な食感は格別で、忘れられません。
 紋切り型のガイドをすることもできたでしょう。でも、そうはしない。これもまた馬路村らしさなのかな、と。
 ユズや田舎らしさで一躍脚光を浴びるまでになった村の背景を、垣間見た気がします。

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