2018.01.10 08:10

地域の野球熱支えて 嶺北ジュニア公式戦20年 高知県土佐町

カウントボードを贈られ、リモコン操作をする和田直也監督=右(土佐町田井のフォーラム末広)
カウントボードを贈られ、リモコン操作をする和田直也監督=右(土佐町田井のフォーラム末広)
 高知県土佐郡土佐町の少年野球チーム「嶺北ジュニア」が今年、公式戦デビュー20年を迎えた。嶺北地域の中学校、高校に野球部がなかった“空白期間”から地域の野球熱を支えてきた。創設時から監督を務める和田直也さん(52)=同町田井、自営業=は「地域の理解があったからこそ続けてこられた」と感謝している。

 もともと、嶺北地域では1967年に嶺北高校の野球部が解散。中学の野球部も80年の本山中を最後に2009年の土佐町中創部まで途絶えていた。子どもを野球やスポーツに触れさせたいという保護者らの希望が高まっていたところへ、明徳義塾高でセンバツ4強入りの経験がある和田さんがUターン。

 和田さんが監督、高知商高野球部出身の池添篤さん(50)らがコーチを引き受け、嶺北ジュニアは1996年に発足した。児童は土佐町のほか隣の長岡郡本山町からも集まり、練習は週3回。ユニホーム購入の補助など地域の支援を受け、チームは設立2年後に県小学生野球連盟に加入、公式戦で戦えるようになった。

 とはいえ、当初は白星とは縁遠かった。98年入団の島崎紘企(ひろき)さん(30)=愛知県在住=は「弱小すぎて1回勝ったことがあるかどうか…」と振り返る。徐々に力を付け、今では県内大会優勝も珍しくない強豪に成長。6人の甲子園球児を輩出し、その1人、和田恋内野手(高知高出)はドラフト2位で巨人入りした。

 和田監督の指導は一貫してあいさつから。「あいさつと返事ができん者はいかん。野球のプレーにつながる」との考えからだ。昨秋から主将を務める沢田凰(ひばり)君(11)は「プレーのミスより、あいさつできんかった方が監督に怒られる」と言い、OBの島崎さんらも異口同音だ。

 土佐町内では6日、祝賀会が開かれ、OBや住民ら約140人が出席。チームには手作りのカウントボードが贈られた。教え子らに胴上げされた和田さんは「弱くても強くても、諦めない姿勢を教えてきた。子どもの人間的な成長を見るとやってきてよかったと思います」と目を潤ませた。

カテゴリー: 主要スポーツ社会嶺北


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