2018.01.06 14:55

星野仙一さん死去「闘志ある男だった」高知県内好敵手も悼む

2002年2月1日、春季キャンプの安芸球場で「縦じま」のユニホーム姿を初披露した星野仙一監督
2002年2月1日、春季キャンプの安芸球場で「縦じま」のユニホーム姿を初披露した星野仙一監督
 星野仙一さんの訃報(1月4日死去)に高知県内の野球関係者も驚きを隠せなかった。高知高校野球部元監督の岡本道雄さん(71)=高知市=は東京六大学リーグ時代の同期。法政大の選手として星野投手の明治大と相まみえた。
 
 当時、法政大には田淵幸一、山本浩二というプロでも名をはせた強打者がいた。岡本さんは三塁コーチとして「2人が打席に入る時はマウンドの彼を怒らせるヤジを飛ばしたもんです。球に力ないぞってね」。いかに星野さんを揺さぶるかを考えていたという。
 
 同期で、慶応大の捕手だった土佐高野球部OB会長の寺尾郁夫さん(71)=同=も同じ思いで対戦した。
 
 4年の春季リーグで星野さんから本塁打を放った時。星野さんを刺激しようと、「打席の前に『お前はカーブピッチャーじゃ』言うてヤジを飛ばしましてね」。すると、負けん気の強い星野さんは狙い通り、ストレートで勝負してきた。
 
 渾身(こんしん)の一振り。打球は左翼ポールを巻き、「僕が二塁を回る時、グラブを地面に投げつけていた」。「燃える男」と評された感情むき出しのマウンドさばきは大学時代からだったという。
 
 現役を引退した後、評論家、阪神の監督として本県を訪れた際、岡本、寺尾さんとよく食事を共にした。意外だが、酒は飲めなかったという。「闘志、ファイトあふれる男やった。ショックですね」。かつての好敵手の急死が信じられない様子だった。

カテゴリー: スポーツ訃報


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