2017.12.30 07:20

【2017回顧(下)】痛みの記憶つなぎ留め

 人の痛みに寄り添い、記憶にとどめる。その大切さを考えさせられた年ではなかったか。
 2014年232人、15年215人、昨年244人。国が調査した全国の児童生徒の自殺者数である。やり切れない。
 1980年代まで200人を上回ることもあった自殺者数はその後、100人台で推移していた。だが、2010年代に再び200人を超え始めた。子どもたちを巡る悲報は今年もやむことはなかった。
 自殺の理由として「家庭の不和」「進路の悩み」さらに「いじめ」などが挙げられる中、実に半数以上が「不明」とされる。
 家族にも、友人や学校にも理解されない苦悩の淵に迷い込み、行き場を失っている。日本人の15~39歳の死因の1位は自殺だ。何と息苦しい社会なのか。その「なぜ」を象徴する凄惨(せいさん)な事件が起きた。
 神奈川県座間市で27歳の男の自宅アパートから9人の若者の切断遺体が見つかった。女子高生ら10~20代の若者たちだった。男はインターネットに自殺願望を書き込むなどしていた女性たちとつながり、誘い込んでいた。
 捜査段階で真相を推論するのは禁物だが、被害者らの環境に通底していたのは貧困や格差、将来不安からの生きにくさではなかったか。
 無差別的殺傷事件が近年相次ぐ。昨年も相模原市の障害者施設で元職員が19人を殺害する事件が起きた。犯人の動機も判然としない。
 虐待、過労死、企業の検査違反、大相撲暴行事件、新幹線の異常放置走行…。共通するのは痛みへの鈍麻だ。その中で不正や暴力は連鎖し、慢心や緩みがはびこる。政治家の心ない暴言も同根だろう。
 核兵器禁止条約の実現に尽くした非政府組織「核兵器廃絶国際キャンペーン」に今年のノーベル平和賞が贈られた。その活動の推進力となったのが広島、長崎の被爆者たちの証言活動だった。
 深い傷の記憶を風化させまいと、70年余にわたり語り続けてきた不屈の訴えが結実した。一方で、日本は「核の傘」を抜け出せない矛盾を抱え込んだままだ。
 文学賞を受賞した長崎市生まれの英国人カズオ・イシグロ氏は被爆者の母から「ヘイワ」を教わった。過去に向き合う「記憶」の物語を紡ぐ作家は今、テロや差別主義の拡大を憂慮する。負の歴史への忘却が再び過ちを生む。
 半面で、記憶の継承の難しさも思う。沖縄戦で住民が集団自決したチビチリガマを荒らした少年に惨劇の過去は伝わっていなかった。
 四国電力伊方原発3号機の運転を差し止めた広島高裁の仮処分決定は、約9万年前の阿蘇山噴火を想定せよと命じた。人為の限界を思い知らされた東電福島第1原発事故から何を学ぶべきなのか、という根源的な提起ではないか。
 痛みを共有し、記憶につなぎ留めていく。その積み重ねの中に安心と共生の未来が築かれるはずだ。
カテゴリー: 社説


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