2017.12.15 08:00

【米軍ヘリ窓落下】決然対応で沖縄住民守れ

 起こるべくして起きたと言うほかないだろう。
 「世界一危険な基地」とされる沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場に隣接する普天間第二小学校の運動場に、飛行中の米軍ヘリコプターの窓が落下した。体育の授業中だった約60人の児童たちのすぐそばに窓枠ごと落ちた。
 約90センチ四方で、重さは7・7キロあり、破片が飛び散った。児童を直撃していたら、取り返しのつかない惨事になっていた。
 沖縄では米軍機の部品落下が後を絶たない。同小近くの保育園にもヘリの部品が落ちたばかりだ。今回と同型機の可能性がある。沖縄の人たちはいつまで基地の恐怖にさらされ続けなければならないのか。
 米軍は全ての機種の飛行を止め、速やかに原因を解明し、公表すべきだ。ただし、それは最低限の説明責任であり、飛行再開が容認されるものではない。
 窓を落とした機体は同飛行場所属のCH53E大型輸送ヘリとされる。同型機は10月にも沖縄で訓練飛行中に出火し牧草地に不時着、炎上する事故を起こした。2004年に同飛行場近くの沖縄国際大学に墜落したのも同型機だ。
 海兵隊基地である同飛行場は市中心部にあり、市面積の4分の1を占める。戦後、米軍が「銃剣とブルドーザー」で土地を接収し建設した。周囲に住宅密集地が隣接し、文教施設なども立ち並ぶ。
 その「世界一危険」な空をトラブル続きの機体が公然と飛び交う。異常だ。子どもが通う施設の上空まで飛行エリアにしていたようだ。人命軽視に等しい。
 事故の懸念が絶えない輸送機MV22オスプレイも2012年、沖縄の反対を押し切って配備された。これも昨年12月に沖縄県名護市沿岸部で不時着事故を起こした。
 米軍はトラブルのたびに「人為ミスで、機体の安全性に問題はない」との説明を繰り返し、住民の不安と憤りの訴えを退けながら飛行を再開してきた。沖縄は阻止しようにも、米軍に特権を認める日米地位協定の壁に阻まれ、地域の安全はないがしろにされてきた。
 1995年の少女暴行事件を機に日米は普天間の返還で合意したものの、名護市辺野古への移設は合意通りには進んでいない。政府は「普天間の危険性除去」を強調するが、危険地域を移すにすぎない。基地問題の根本解決にはならない。
 沖縄が米軍統治下だった59年、現在のうるま市の宮森小に米軍機が墜落し、給食中だった児童12人と周辺住民6人が犠牲になった。今回のヘリ部品落下は、沖縄の苦痛が何ら除かれていない現実を改めて示す。
 子どもたちは心に傷を負った。なし崩しの飛行再開は許されない。政府には、米側への追従ではなく、沖縄の痛みにこそ寄り添い、決然と対応するよう求める。国民の命と安全を守る。その責務が果たせない地位協定なら、即刻見直すべきだ。
カテゴリー: 社説


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