2017.12.09 08:35

紀貫之から吉田類まで 高知県立文学館で「酒と文学展」

酒にまつわる本県作家の言葉などを紹介する「酒と文学展」 (高知市の県立文学館)
酒にまつわる本県作家の言葉などを紹介する「酒と文学展」 (高知市の県立文学館)
 高知の文化とは切っても切り離せない、お酒。紀貫之から、酒場詩人・吉田類さん=吾川郡仁淀川町出身=まで、高知県ゆかりの作家と酒の長く深いつながりを約200点の資料から紹介する「酒と文学展」が、高知市丸ノ内1丁目の高知県立文学館で開かれている。来年1月14日まで。

4合入る大町桂月愛用のヒョウタン。「これ以上は飲まないように」との思いも込め、師から贈られた
4合入る大町桂月愛用のヒョウタン。「これ以上は飲まないように」との思いも込め、師から贈られた
 1997年にオープンした高知県立文学館が、今年“20歳”になることから企画した。担当した川島禎子・主任学芸員は、県酒造組合が認定する「土佐酒アドバイザー」。「人の本性をさらけ出す酒を通して、作家のディープな素顔が分かる。時代背景も透けて見えます」と酒と文学展の魅力を語る。

 「土佐の酒と文化」コーナーでは、酒の肴(さかな)について「チクワとなると、これはもう土佐のものが絶対に一番で、他の地方のどんなチクワも問題にならない」(安岡章太郎)など、郷土愛あふれる作家の言葉を紹介。県内の酒蔵も特製地図で一覧できる。

 「酒と高知の文学」コーナーで最初に取り上げる「土佐日記」では、国司の紀貫之を送るために開かれた宴会を「身分の上下を問わず子どもまでが正体なく酔っ払って…」と描写。地元の人々に慕われた姿が目に浮かぶ。

 「酒の趣味は、漢文学の趣味也」と表現したのは、酒を愛した文人で有名な大町桂月。陶酔境で詩を詠んだ古代中国詩人への憧れと、作家の矜持(きょうじ)があり、川島学芸員は「飲酒という行為を自身の哲学と捉えていたのでは」と話す。一度アルコール中毒で酒を断った時期があり、「断酒は易く 節酒は難し」という詩も残している。

 酔いどれエピソードをつづった上林暁の「禁酒宣言」は中年男性の哀愁がたっぷり。年頃の娘に引け目を感じつつ夜更けに帰宅し、妹には「酒を飲むのが本職か、原稿を書くのが本職か、判(わか)らなくなったわねえ」と心配される。

 妻を亡くした上林は「妻があれば、小生に抗議するであろう。(略)その淋しさが、小生を飲み屋へ駆り立てるのです。それがしばしば、飲み屋の女に現(うつつ)をぬかして、愚痴を演じさせることにもなるのです」とこぼし、悲しさとおかしみがにじむ。

 幸徳秋水は11歳の時、秋祭りで酒盛り中の大人に飲まされ、前後不覚に酔いつぶれたという。「未成年飲酒禁止法案」が帝国議会に提案された1901年、年配の議員が若者に酒を無理強いすることを皮肉った「老人禁酒法案」という記事を書いていて面白い。

 「激動の時代でなければ、破滅的な飲み方をしなくて済んだのでは」と川島学芸員が推測するのは、「酔えば勤王、覚めれば佐幕」と志士たちにやゆされた藩主、山内容堂ら。

 青春小説「オリムポスの果実」の田中英光は、初対面の井伏鱒二に「やあ先輩、奇遇ですね。僕は田中英光です。一緒に飲みませう」と話し掛けたといい、「天真らんまんさが彼の本質だったのでは」(川島学芸員)。従軍を経て、戦後一時共産党に入るが挫折。1949年、師事した太宰治の墓前で酒と薬を飲み自殺する。

 このほか吉井勇や中江兆民ら約30人を取り上げた。酒で筆が進んだり、酒に溺れたり、人生模様は悲喜こもごも。だがそれぞれに親しみが湧いてくる。

 2009年の閉店まで、「とんちゃん」の愛称で文化人に親しまれた高知市の名物酒場「成吉思汗(ジンギスカン)」についても紹介。シュールアートの画家として活動を始めた吉田類さんのコーナーには、幻想的な俳画をはじめ、私物のべく杯など約60点が並ぶ。

 年末年始の休館は、12月27日~1月1日。

カテゴリー: 文化・芸能高知中央


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