2017.11.21 08:30

【南海トラフ地震 今月から関連情報】「事前の備え」に期待

高台の避難場所で「突然地震が起こるより、不確かでも事前に情報が入るのはありがたい」と話す森岡健也さん(黒潮町下田の口)
高台の避難場所で「突然地震が起こるより、不確かでも事前に情報が入るのはありがたい」と話す森岡健也さん(黒潮町下田の口)
 地殻変動などの異常現象を観測、南海トラフで巨大地震が起きる可能性が高まっているかもしれない―。気象庁が今月1日から、こうした状況で「南海トラフ地震に関連する情報」を発表する運用を始めた。命に関わる情報として期待がかかるが、具体的に何をすべきなのかは行政を含めまだ模索の段階だ。

“走りながら対応”困惑も
 「ちょっとかすんでいるといった感じですが、命を守る意味では必要な情報」

 幡多郡黒潮町の自主防災組織の会長、森岡健也さん(71)は、大地震の危険性が高まった場合に出される新情報をそう評価する。

 森岡さんが区長を務める下田の口地区は、地震の約20分後に30センチの津波(避難が困難になるとされる津波)が来ると想定されている。いざ、情報が出たら―。

 「普段でもできることですが、例えば、その日から避難袋や貴重品をまとめておく。靴を枕元に置いて、ガラスのない場所で寝るようにする。家具を固定して家の外に出やすくするだけでも避難に余裕ができる。そんなことを呼び掛けたい」

 要配慮者や高齢者が事前に親戚の家に身を寄せたり、行政が福祉避難所を用意したり。そうした事前の準備が整うのではないかと期待している。

 国をはじめ、行政機関がどう動くかという具体的なことは、まだ煮詰まっていない。

 国が現時点で決めているのは、関係省庁の担当者で災害警戒会議を開くほか、国民に家具固定や避難路の確認、備蓄などの備えを呼び掛ける程度。高知県の方針も、危機管理部員らを参集して情報収集や市町村、関係機関との連携強化▽津波避難タワーの解錠や、水門・陸こうの閉鎖などの事前対策を市町村に呼び掛ける▽必要に応じて知事が県民にメッセージを出す―などにとどまる。

 今後、本県と静岡県などがモデル地区となり、国や都道府県がどう動くかのガイドラインを構築していく。

 “走りながら対応を決める”という形で始まった今回の情報発表に、市町村には困惑が広がっている。

 高知市の黒田直稔防災対策部長は「情報が出れば避難したいと考える住民は間違いなくいる。どう対応すればいいか」。まずは避難所を開設しなければならないと想定しているものの、考えておくべきことは多い。

 避難勧告は出すべきなのか、出すとすればどのタイミングで、情報発表があっても必ず地震が発生するわけではなく、どれだけ時間がたてば避難所を閉鎖するのか…。

 幡多郡黒潮町の大西勝也町長は「国の議論の全体像も見えないし、住民との共通理解もない」として、現時点で適切な運用ができるとは考えていない。ただ、国や県の方針を待つのではなく、「独自の訓練なら今でも手を出せる。できることを積み上げ、ベストな運用を模索したい」。

「予知」は不可能 「異常」捉え警戒呼び掛け
 「南海トラフ地震に関連する情報」とは、そもそもどういうものなのか―。

 南海トラフ沿いで「異常な現象」が起きた際、マグニチュード(M)8~9級の大地震が近々発生するかもしれないと警戒を呼び掛ける情報のことだ。 異常な現象とは、例えば南海トラフ地震の想定震源域で起きるM7以上の地震。1946年の昭和南海、1854年の安政南海地震では、先行して東海地震や東南海地震が起きたことが知られている。

 他にも観測網の整備や研究の進展で、南海トラフ沿いのさまざまな現象を観測できるようになっており、M6(または震度5弱)以上の地震が発生し、プレート境界の固着状態を観測するひずみ計に特異な変化が見られる▽地震は発生していないが、ひずみ計に有意な変化がある―などの現象も異常現象と捉える。

 情報には「臨時」と「定例」の2種類あり、最初の臨時情報は「有識者による検討会を開催する」という内容で、検討会の意見を受けて出される定例情報は最短で現象発生から2時間後になる。

 前兆現象を基に備えるという点では、1978年制定の「大規模地震対策特別措置法(大震法)」で予知を前提とした東海地震対策と考え方は同じ。ただ、東日本大震災をきっかけに確度の高い地震予知は困難として、予知を前提とした防災対策から転換した。

 「―情報」は、首相が非常宣言を出して鉄道の運行を止めることなどを盛り込んだ大震法とは異なり、強制力はなく即時避難などは呼び掛けない。気象庁の位置付けは「あくまで地震の可能性が平常時と比べて相対的に高まっているという情報」だ。

 このため、情報を基に事前避難を呼び掛けても実際に地震が起きない“空振り”や、解除のタイミングがつかめず避難の長期化などが懸念されている。

「防災考える機会に」 関西大社会安全研究センター 河田恵昭センター長
 中央防災会議の有識者会議の委員でもある関西大学社会安全研究センターの河田恵昭センター長に、「南海トラフ地震に関連する情報」との向き合い方などを聞いた。

 ―情報の意義は。
 「情報が出るたびに家庭の冷蔵庫の中身を増やしたり、家族が何時にどんな行動をするかを確認したりを繰り返すだけで、それが習慣になる。『空振りだった』と文句を言う前に防災を考える機会にすればいい。不確かな情報でも訓練だと思って実際に行動すると非常に大きな効果がある。地震が起きた時は普段やり慣れていることしかできない」

 ―国の具体策は決まっていない。
 「最終的には、地域コミュニティーがどう反応するかが一番重要。国から自治体へ、そして住民へという上意下達では絶対駄目で、まず地域で話し合いをしておくべきだ。各市町村はどういう対応ができるかというと、例えば僕が首長なら、津波で逃げ切れない所に住んでいる人には避難をするよう情報を出す。避難したい人がいたら避難所も開設すべきだ。避難行動につながる情報として活用しないといけない」

 ―改めて重要なことは。
 「地震が不意打ちで起きた時の準備をすることが大前提。その上で国は被害を少なくする道筋を国民に示す必要があり、今回の情報もその一つ。南海トラフ地震という大規模災害に単独で対応するのは不可能で、自治体は連携を深める必要があり、この情報に関しても自治体の対応がばらばらではいけない」

《備忘録》もろ刃の剣
 「地震予知」という言葉には、期待と疑念が付きまとうと思う。

 南海トラフ地震の発生日時、場所、大きさを事前に知ることができれば、どれほど多くの命が助かるか。一方で私たちは、現代の科学が東日本大震災を予知できなかったことも知っている。

 国は予知はできないと認めた上で新情報を出す。不確実とはいえ、本来は突然起こる地震に対し、事前に“警告”が発せられる効果は小さくない。

 しかし、「情報が出なければ安全」などと誤解しては元も子もない。行政側が運用する上での課題も多く、使いようによって命を守ることにも混乱にもつながる「もろ刃の剣」だ。行政、住民ともにいかにうまく使うかが試される。

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カテゴリー: 社会いのぐ災害・防災


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