2017.11.13 08:20

高知県南国市の掩体壕 戦争の無言の語り部 軍用機の格納庫

大湊小と保育園の近くの水田に立つ6号掩体。水田沿いの道を児童が駆けていった(南国市前浜)
大湊小と保育園の近くの水田に立つ6号掩体。水田沿いの道を児童が駆けていった(南国市前浜)
 高知県の南国バイパスから南下し、高知龍馬空港の滑走路下を通るトンネルを抜けると、点在するかまぼこ形の構造物が見えてくる。太平洋戦争末期に建設された軍用機の格納庫、掩体壕(えんたいごう)である。逆T字形の入り口を構え、田畑の真ん中に立つ姿は異様だ。それらは70年以上前に戦争の悲劇があったことを、無言で証明している。

高知空港から飛び立つ飛行機と掩体壕。奥は双発の大型機を格納できた4号掩体、手前は1号掩体(南国市前浜)
高知空港から飛び立つ飛行機と掩体壕。奥は双発の大型機を格納できた4号掩体、手前は1号掩体(南国市前浜)
 高知龍馬空港がある場所にはかつて海軍の飛行場があった。その周辺に1944年ごろから、戦闘機を分散して隠すため掩体壕が建設されたのだ。現在は鉄筋コンクリート製の7基が残っているが、南国市によると、当時は土製や木製のものも含め、計41基が存在したという。

アメリカのグラマン戦闘機による機銃掃射の銃弾痕が残る1号掩体(南国市前浜)
アメリカのグラマン戦闘機による機銃掃射の銃弾痕が残る1号掩体(南国市前浜)
 飛行場の滑走路と掩体壕の間には誘導路も張り巡らされ、地域の家屋や土地は国に接収された。飛行場や掩体壕の建設には、中学生や受刑者、朝鮮半島から強制連行された人々までもかり出されたという。

      ■□■     
 掩体壕は現在、農機具などの倉庫として地元住民が使っている。2006年には南国市が史跡に指定。2013年には7基のうち1基が公園として整備され、自由に見学できるようになった。...


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カテゴリー: 社会香長


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