2017.10.21 08:15

高知県の小選挙区 過去6回は自民安定 平成の激闘ドラマ数々

平成最初の衆院選の投票風景。当時は全県1区の中選挙区制で、この時は定数5に11人がひしめく乱戦となり、投票率は77.18%を記録した(1990年2月18日、高知市内)
平成最初の衆院選の投票風景。当時は全県1区の中選挙区制で、この時は定数5に11人がひしめく乱戦となり、投票率は77.18%を記録した(1990年2月18日、高知市内)
 5年近くに及ぶ「安倍政治」の是非が問われる第48回衆院選は22日、投票を迎える。高知県内の2小選挙区は、自民前職に希望、共産、無所属の新人が挑む構図で、白熱の舌戦が最終盤まで続いている。これまでも数々の政治ドラマを生んできた高知県の衆院選。平成に入って以降の激闘史を振り返った。


中選挙区で世代交代
 戦後の衆院選は長らく中選挙区制の全県1区で行われ、県内では定数5を巡って与野党が攻防を繰り広げてきた。

 平成に入って初の1990年は、世代交代がキーワードに。自民党は通算9期の現職が死去し、その派閥を山本有二、地盤・後援会は中谷元が引き継ぐ形で出馬した。社会党、公明党も重鎮が勇退。社会党は五島正規、公明党は石田祝稔が後継者として立った。

 自民党元職や元社会党高知県本部委員長らも合わせ計11人が立つ乱戦を制したのは、五島、中谷、山本、石田の4新人と、共産党の山原健二郎だった。

 続く1993年は自民党分裂に社会党の退潮、新党ブームを受け、非自民の細川護熙政権の誕生と、55年体制の崩壊につながった戦い。高知県内は前職5人がいずれも議席を守った。


21年前の山本VS広田
 1996年からは現在に続く小選挙区比例代表並立制の戦い。

 当時の中央政界は、自民党、社民党、新党さきがけの連立与党に新生党、公明党、日本新党などを母体にできた新進党が対峙(たいじ)。選挙直前には社民党、新党さきがけ両党の離党者らで民主党が発足し、県内の戦いの構図も複雑化した。

 高知1区は、自民党が「自社協力」で民主五島を推薦。これに反発した自民党高知県連の一部が独自候補を立てて保守が分裂し、その間隙(かんげき)を突いた共産党の山原が10期連続当選を果たした。五島は比例代表四国ブロックで復活当選した。

 共産党の春名直章は比例四国で当選し、高知県から共産党衆院議員が2人誕生。2区は自民党の中谷が安定した戦いで3選を決めた。

 3区は、前自民党高知県連会長の広田勝との激しい公認争いを繰り広げた末に、自民党の山本が保守対決を制して3選を果たした。無所属で敗れた広田は、今回の高知2区で山本との一騎打ちを演じている広田一の実父。この時「山本VS広田」の構図が21年の時を経て再現されることを誰が予想しただろう。


「自公協力」の成立
 自民党、公明党、保守党の3党連立政権の是非が問われた2000年。自民党高知県連は、1区で公明への協力を求める党本部に抵抗し、両親が高知県出身の建設官僚、福井照を擁立。民主党の五島、公明党の石田、勇退した山原の後を受けた共産党の新人を破り、議席を奪取した。2、3区も自民党前職の中谷、山本が圧勝。五島は比例で復活、比例単独の共産党の春名も四国唯一の議席を死守した。

 続く2003年は、公明党が石田を比例四国の単独候補に切り替えたことで「選挙区は自民、比例は公明」のバーター協力が成立。1~3区とも自民党の前職が勝利した。石田は比例で国政復帰を果たし、民主党の五島は3回連続の比例復活。共産党は1969年から守ってきた四国の議席を失った。

 2005年は首相の小泉純一郎が仕掛けた「郵政選挙」。自民党は郵政民営化反対派と分裂選挙になりながらも、“刺客”投入などで旋風を起こし、公明党と合わせた与党は3分の2を超える圧勝を収めた。

 高知県内でも自民党の前職3人の独占が続き、比例単独で最上位だった元日高村議の西本勝子も初当選。公明党の石田も比例で4選を決めた。民主党の五島は1区で接戦に持ち込んだが、4回連続の比例復活(同年12月に辞職)。


全国と逆の結果
 2009年は自民党、民主党の二大政党が政権を懸けて激突。結果は民主党が308議席を獲得する圧勝、自民党は選挙前の300議席から119議席に落ち込む歴史的惨敗で、戦後初めて野党第1党が選挙で過半数を取る形の政権交代が実現した。

 高知県では全国の傾向とは逆の結果が出た。1~3区の全てで与野が激突する戦いとなったが、地力に勝る自民党の前職3人が4回連続の「トリオ当選」を果たした。公明党の石田も比例で議席を死守し5選。自公の連携によって政権交代の逆風をしのぎきった格好だ。

 追い風を生かせなかった民主党の新人3人は比例復活も逃し、高知県は全国唯一の「民主党衆院議員不在県」に。1区に無所属で立った前知事の橋本大二郎もかつての「草の根」選挙を再現することができず、政権選択の攻防に沈んだ。

 政治変革と二大政党制への期待を背に生まれた民主党政権だったが、3年余りの政権運営では外交や内政でつまずき、徐々に求心力を失っていく。

 消費税増税を巡る3党合意をきっかけにした2012年は、民主党が1998年の結党以来最低の57議席に沈み、政権の座から転落。自民公明は計325議席を獲得し、今に続く第2次安倍政権の基盤を築いた。

 高知県内でも1~3区の自民党トリオが完勝し、比例で公明党の石田も6選する一方、民主党は1区以外に候補さえ立てられない「不戦敗」に。与野党の対立軸がぼやける中で、県内平均投票率は53・89%と都道府県別で全国最低を記録した。


小選挙区3から2に
 消費税再増税の先延ばしとアベノミクス継続へ国民の信を問うとして安倍首相が仕掛けた2014年は、2012年に続き与党が圧勝した。

 県内では「1票の格差」是正のため、小選挙区が3から2に減り、高知市の鏡川を基本的な境界として県東部が1区、県西部が2区となった。

 自民党は中谷を1区、山本を2区の候補とし、旧1区の福井は比例四国の名簿上位で処遇。比例で競合する公明党との協力関係に亀裂が入ったものの、自民党の3人はそろって当選し、公明党の石田も比例で7選を果たした。

 民主党は高知県内の地域基盤の弱さを克服できず、1、2区とも惨敗。県内投票率は50・98%と戦後最低を更新した。比例では共産党が県内票で民主党を上回り、自民党に次ぐ2番手につけたが、議席には届かなかった。



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