2017.09.26 08:00

声ひろば 2017年9月26日、火曜日

1.「山」で海を学ぶ
【森下佳把、85歳、高知市】
 穏やかな上ノ加江湾に、簡素な魚市場以外の漁業施設が皆無の頃、干潮時にはその魚市場前あたりに、広い三角州が出現した。春には潮干狩りで女児はハマグリを拾い、男児はシャク(シャコ)を捕った。
 夏場には三角州の先端部に、就学前のまだ泳げない幼児たちが集まり、年長組は首までの深みで素潜りし、海底の石をたたいて回数を当てる遊びに熱中した。石の音に交じって巡航船の推進器の音が聞こえた折には、息苦しさに耐えて「悠長な推進器の音」を聴いたのである。
 誰かが干潮を待ちきれずに海に入ろうとすると、堤防のセンダンの木陰でくつろぐ老漁師から「まだ早い。山ができるまで待て」と叱声(しっせい)が飛んだ。三角州を山に例え、引き潮の怖さを教えたもので、幼児たちは期せずして、「山頂の素潜り」を経験しながら海を学んだことになる。
 正月には山一面に動き回る凧(たこ)でにぎわったが、毎年同じ場所から揚がる一枚の凧は、微動もせずに高く浮かび、座ったまま沖合を眺める、高等科を卒業したばかりの青年の持つ凧糸が、低く力強くうなっていた。
 だが、その「不動の凧」もやがて空から消えた。青年は出征したのだ。祝出征の吹き流しで飾られた漁船は、湾内を周回した後、「山」の沖合を通って毎日のように出て行った。戦争も末期の頃のことだ。

2.高知帰省のうれしい足
【黒石基夫、64歳、会社員、東京都町田市=香南市出身】
 この夏帰省した時、タクシーの運転手さんから、耳寄りな情報を聞いたのでお知らせします。
 高知空港から東部方面にはバス便がなく、いつもタクシーを使っていたが、空港とのいち駅間に乗り合いタクシーが運行されていることを教えてもらった。
 予約制で、当日3時間前までに電話しておけば、1人500円ですむという、大変便利な制度である。聞けば5年ほど前から運行しているようだが、公共機関の後押しのもとに行われており、帰省客としてありがたい。
 以前は実家の母親に軽四で空港まで送り迎えしてもらっていたが、80代半ばに達して免許返納を勧めている手前、他の交通手段に切り替えた。
 時間がある時は乗り合いバス100円で野市まで来て、物部川沿いの堤を1時間かけて空港まで歩いたこともある。また鉄道ファンとして、のいち駅から香我美駅まで乗り(乗客は1人)、それから1時間の道を歩いて帰ったこともある。キャリーバッグを引きながら、勝手知った地元の道をテクテク歩くのも気分のいいものである。
 今後は空港の乗り合いタクシーを利用しながら、年老いた独り暮らしの母親の様子を見に帰ることが多くなりそうである。

3.忘れ得ぬ人
【近森万鎖子、90歳、香南市】
 ある通所デイサービスでの出来事であった。私の右側にはいかにも上品な白髪の方が椅子に腰掛けていた。
 彼女は黙って私の前に置いてある私の所持品を断りもなく手にとってクルクルと回して眺め、元の所に返してくださった。認知症の方だ。
 その数日後、彼女は満鉄より引き揚げた方で、中国語は満州で暮らした年月が長いため上手である事がわかった。一、二、三の正しい中国語の発音を私は知りたいと思い、お願いをしたところ、事もなげに早速正確な中国語の一、二、三、四…を教えてくださり、私が「ありがとうございました」と丁寧にお礼を申し上げると、柔らかい物静かな言葉が返ってきた。
 「私の知ってる事でありましたら、どんな事でも全てをあなたにお教え致しましょう」
 人間として生かされた90年の私が、初めて耳にする天からの声であった。
 人間は一部の脳細胞が破壊されたとしても、この美しい魂の一部にはなお温存されていくという現実を知り得、私にとって生涯忘れ得ぬ人となった。

4.棚田よ、いつまでも
【松坂せい子、74歳、高知市】
 高知新聞社でもらった今年のカレンダーの9、10月は稲が黄色く色づいた本山町吉延の棚田の風景写真です。
 棚田の好きな私は、吉延も梼原町神在居も出掛けました。整然ときれいに作られた棚田を見るたびに、日本人はなんときちょうめんで器用な民族だろうと、感心します。
 故司馬遼太郎氏は「日本のピラミッド。万里の長城にも匹敵する」とおっしゃっています。
 神在居は石積み、吉延は土で固め、どちらも崩れないように草取り等、管理が大変と聞きます。別名“千枚田”といわれる田は、保水、治水にも大きな貢献をしてくれているそうです。
 機械化はできず、厳しい手作業中心の米作りとなります。ご先祖からの田畑を守り継ぐ使命感のみの、農家の方々の久遠の尊い働きなのです。棚田や中山間の農業の大切さや意味を感じながら、私も棚田のお米をいただいています。とても美味です。
 冬の枯田もよし! 水の張られた田もよし! 早苗のそよぐ緑の田もよし! 黄金色の稲穂がゆれる田もよし!! 日本の原風景の棚田がいつまでも残ってほしいと思うことです。
 稲の香にむせぶ仏の野に立てり
 水原秋桜子
 稲の香や跼(かが)めば水の音きこゆ
 矢島房利

《高校生特集》

1.一生忘れない夏
【二宮なつみ、梼原高3年】
 7月15日、私たち3年生23人にとって、高校最後の夏が始まった。第99回全国高等学校野球選手権高知大会の開幕である。
 1回戦の室戸・丸の内連合戦から、熱い戦いの幕が上がった。2回戦は高知農業高校、準々決勝は高知高校、準決勝は中村高校。そして、決勝戦は明徳義塾高校と対戦。今までで一番長く濃い夏であった。
 決勝までの道のりは決して、平たんではなかった。特に印象に残っているのは、高知高校との一戦。思うように点が取れない。ベンチでスコアをつけながら私は、チャンスを迎えるたびに祈った。「打って…」
 カキーンという音と同時にベンチもスタンドも盛り上がる。1点、また1点と重ねていき、延長戦の末に勝利した。思わず涙が流れた。うれしかった。
 決勝戦には多くの人々が応援に来てくださった。選手たちに力をくれたのは、まぎれもなく地域の方々の声援だった。しかし、明徳義塾高校には及ばなかった。甲子園への夢は、あと一歩のところで終わってしまったが、「ようやった。ありがとう」という言葉を頂いた。
 悔しかったけれど、清々(すがすが)しい気持ちだった。地域の方々の応援がなければたどりつくことのできない舞台に、私たちは確かにいた。選手が一生懸命にプレーする姿。それを応援する仲間。あふれる笑顔。すべてが一生忘れることのできない私のたいせつな夏の思い出である。

2.高齢化への手だて
【傍士愛夕乃、高知農業高3年】
 祖母が認知症になったと母から聞いて初めて、私は介護について意識するようになりました。祖母の様子は日によって違いますが、ご飯を食べていないのに食べたと言ったり、お金を使う機会はないのに銀行に行こうとしたり、よくわからない行動が増えました。
 祖母の状態はまだ初期なので、私の名前も間違わずに呼んでくれます。優しくも接してくれます。でも、きっと症状は進んでくると思います。
 そこには、つらい介護が待っています。施設に預けることも考えないといけません。そうなると世間から冷たい、無責任などという声も出てくるかもしれません。
 しかし、介護する家族のことを考えると、仕方のないことだと思うのです。少子高齢化といわれる高知県。介護できる人は、どんどん減っていくと思います。若者が県外に出ていかないように、対策を立てなくてはいけません。
 私は将来、農業体験教室などを開き、農業の担い手になる若者を育成する仕事に就きたいと思っています。農業の分野から高齢化を考えたいと思うのです。高知に住む若者が増えれば、そこから高齢化や介護への手だてが考えられるはずです。

3.進歩する医療
【宮本瑠奈、宿毛高3年】
 以前新聞で、「指に光当て血糖値測定」という記事を読んだ。現在は、指に小さな針を刺して少量の血液を採取し、小型センサーで血糖値を測る測定が主流である。しかし、多少の痛みを伴うことと、針を使うと感染症の危険があることが問題である。
 夏休みにふれあい看護体験に参加し、血糖値を測るところを見た。患者さんは、毎日血糖値を測っているらしいのだが、顔をゆがめて痛そうにしていた。これからは、採血の痛みを感じることがなくなり、比較的簡単に検査できるようになるだろう。
 医療は日々進歩し、血液1滴で13種のがんが診断できるようになったり、iPS細胞から輸血用血小板を作れるようになったりしている。これから少子高齢化が進むので、高齢者やすべての患者さんの負担が少なくなるのは良いことである。
 私は、将来看護師を目指しているので、毎日ニュースを見たり、新聞を読んだりして、医療に関する新しい知識を入れ、学んでいきたいと考えている。

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