2017.08.24 08:40

【いのぐ記者の熊本報告】地震がつくった亀裂 水野みやびさん(明徳義塾中3年)

阿蘇大橋が架かっていた場所で被害状況を説明する長野良市さん(南阿蘇村で水野みやびさん撮影)
阿蘇大橋が架かっていた場所で被害状況を説明する長野良市さん(南阿蘇村で水野みやびさん撮影)
 私たちは自らも自宅で被災した写真家の長野良市さんと南阿蘇村全体を見渡した。山の真ん中に亀裂があり「あの亀裂を境に、被災した地域としなかった地域に分けられている」と長野さんは話した。同じ村なのに亀裂が入ってしまった。私はその状況を知り、驚き、また悲しくなった。
 
 村の山道を通っていると通行止めのパネルなどが多くあり、やすやすと進める状態ではなかった。「危険」と記した応急危険度判定の赤い紙が貼られた民家もあった。ブルーシートで覆われ、まだ直されていない建物も多く目にした。お年寄りも多く、やる気を出せない状況なのだろう。建物を見て、私は諦めというものを少し感じた。
 
 南阿蘇村黒川地区で目にしたのは阿蘇大橋が跡形もなく崩れ落ち、むき出しになった山肌だった。立ち並んでいた住宅も倒壊してしまい、村の人も仮設住宅へ入ったり、親戚の家へ引っ越したりして減ってしまったという。
 
 人影があまりなく、重機の音がなり続け、道路の真ん中に立っていられるほど、車の通りも少ないように感じた。住み慣れていた家を失うことは本当に先が見えなくなってしまうことだと、今回会ったたくさんの方からの言葉で知った。
 
 南阿蘇村の人たちは、被災した地域とそうでない地域とに分けられた。長野さんは0と100ほどの差だと話した。被害を受けた人は生活することが難しい環境に置かれた。受けたダメージは大きくて心はズタズタだそうだ。人の心の傷のような「見えない被災」が今なお残っている。
 
 しかし被災していない人たちは「見えない被災」を理解することができない。断層や取り壊されていく建物を見て感じることはできるかもしれないが、どう接すれば良いのか、どうケアすれば良いのかが、分からないという。また「観光地としてもっと発展しなければならない」といった思いだと聞いた。
 
 「南阿蘇村の人は心が一つでない。これが現実であり、必要なのは被災した人とそうでない人との中間に立つことだ」と長野さんは語った。
 
 私は、地震が人間関係に溝をつくってしまうなど想像もしていなかった。同じ村なのに、できてしまった距離や温度差を元に戻すのは簡単ではないと思った。私は高知にそのような心のズレなどが起きてほしくない。
 
 熊本で出会った方たちは地震の経験を私たちに語り継いでくれた。学んだことを教訓に高知のみんなが「いのぐ」ことができるよう私から行動する必要があると思え、地震に対する恐怖ではなく、心構えや意識が私の中で大きくなった。

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カテゴリー: 社会いのぐ2016熊本地震災害・防災


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