2017.08.14 08:25

高知県の嶺北でDCRラリー プロの技に興奮

朝日が昇るころ、競技車両は最終チェックを終えていた(高知県大川村朝谷)
朝日が昇るころ、競技車両は最終チェックを終えていた(高知県大川村朝谷)
奴田原文雄さん帰郷、新井敏弘さんデモ走行
 「グオーッ」。ラリーカーのエンジンの咆哮(ほうこう)が山の静寂を破る。「ガリガリ」「ガタガタ」。音が急速に大きくなり、曲がり角から車体がどんっと現れた。飛ぶように走り去った後には土煙だけが残った。

石を跳ね上げながら駆け抜けるラリーカー(高知県いの町足谷)
石を跳ね上げながら駆け抜けるラリーカー(高知県いの町足谷)
 高知県土佐郡大川村と吾川郡いの町の林道でこのほど開かれた「四国のてっぺんDCRラリー2017in嶺北」には、全国の愛好家が乗り組む37台が集結。8コース計約40キロを走破してタイムを競った。

イベント会場を沸かせたデモ走行(大川村朝谷)
イベント会場を沸かせたデモ走行(大川村朝谷)
 2001年から嶺北地域で続いているラリーで、今回初めて、大川村朝谷の「白滝の里」で競技と並行してイベントも催した。国内外で活躍するプロドライバー、奴田原文雄さん(53)と新井敏弘さん(50)のトークショーで、村内で幼少期を過ごした奴田原さんは「ラリーって楽しいなあと思ってもらって、大川村がもっと注目を浴びれば」と思いを語った。

ずらりと並ぶ参加車両。37台のうち、完走できたのは22台(大川村朝谷)
ずらりと並ぶ参加車両。37台のうち、完走できたのは22台(大川村朝谷)
 イベント会場を特に盛り上げたのは、新井さんによるデモ走行と同乗体験。車1台がやっとの園内通路を、時速100キロ以上でドリフトしながら走り抜ける。大川村の和田知士(かずひと)村長も助手席に乗り込み「道から飛び出しそうやった。迫力が違う!」。

20年以上前の車両も元気に走り回った(いの町足谷)
20年以上前の車両も元気に走り回った(いの町足谷)
 競技そのものは山奥の林道で行われるため、一般の観客は自由に観戦できない。メカニックとして運営に携わる愛媛県四国中央市の自動車整備業、堀川竜二さん(47)は「村おこしに協力したいという思いがずっとあった」。戦いの舞台を提供する地域への恩返しとして、イベント開催を働き掛けた。

大川村役場前のセレモニーでは、住民やファンらが競技車両に声援を送った(大川村小松)
大川村役場前のセレモニーでは、住民やファンらが競技車両に声援を送った(大川村小松)
 その思いは来場者に届いたようだ。土佐郡土佐町在住の姉妹、高橋智恵さん(50)と佐賀野由香さん(47)はデモ走行に大興奮。智恵さんは「世界の新井、奴田原が来てるんですよ! こんな機会はないです」。由香さんも「エンジン音、タイヤのこすれる音…。血が騒ぎます」と目を輝かせた。人口400人の村のイベントに、この日は約270人が訪れた。

卓越したテクニックで観客を魅了した新井敏弘さん(大川村朝谷)
卓越したテクニックで観客を魅了した新井敏弘さん(大川村朝谷)
 夕方、白滝の里にはレースを終えた車両が1台ずつ戻ってくる。高知県からドライバーとしてただ一人参加した香南市野市町の会社員、山口英明さん(50)は4位入賞。「地元なのでもっと上位を狙いたかった」と悔しがりながらも「ラリーは地域の協力なしに開催できない。走らせてもらえてありがたいです」と充実の表情を見せていた。




《ラリードライバー 奴田原さん帰郷》
 自動車ラリーの国内トップ選手で、幼少期を高知県土佐郡大川村で過ごした奴田原文雄さん(53)=北海道恵庭市=がこのほど、大川村で行われたラリーイベントに合わせて約35年ぶりに帰郷していた。「いつまでも残っていてほしい古里。ラリーで帰ってこられて感慨深いですね」。穏やかな表情で語る奴田原さんに、村の思い出や近年の活動について聞いた。

トークイベントで話す奴田原文雄さん(大川村朝谷)
トークイベントで話す奴田原文雄さん(大川村朝谷)
―幼少期を過ごした地区は白滝鉱山で栄え、約2千人が暮らしていたそうですが、当時の様子は?

 「父が白滝小学校、母が白滝中学校の教員で、村で知り合って結婚。転勤で高知市に移る4歳までを村で過ごした。両親が働いている日中は、近所の岡林清一さん(故人)夫妻に面倒を見てもらっていた。引っ越してからも岡林さんに会いにたびたび帰ってきた。映画館や量販店、銭湯、パチンコ店があり、タクシーやボンネットバスが走っていたことを覚えている。今思えばあんな山の中に人がいっぱいで、すごくにぎやかだった」

―1972年に白滝鉱山が閉山し、サイクリング少年だった高校時代に大川村を再訪したと聞いた。北海道の大学へ進学して以降は道内に拠点を置いている。

 「自転車で高知市から瓶ケ森、寒風山を経て村へ。その日は村の旅館で泊まって翌日、白滝を見て帰った。小さいころよく入った白滝の銭湯はすんごく大きく見えたけど、跡を見ると狭くてね」

 「高知を離れてからも高知、大川村のことはニュースで見るたびに気になっていた。白滝は自然がいっぱいあって本当にいいところ。今後はPRのお手伝いなどできることで応援していきたい」

―50歳を超えても2014年の日本選手権で10度目の総合優勝を果たすなど、第一線で活躍を続けている。

 「こんな年までラリーをやっているとは思わなかったが、好きだからだろうね。反射神経などの衰えは感じるが、それを自覚して走るようにしている。技術の進歩もあって前より速くなっている。また優勝したいね」

―レース以外での活動も広がっている。

 「2016年6月に日本初のラリースクールを立ち上げた。ラリーを始めたい人、ステップアップしたい人のために年5回ほど実技講習と座学を開催している。自分も今までいろんな人にお世話になってきたので、若手を育てなきゃならない年齢になってきたと思う」

―来年公開予定のラリー映画「OVER DRIVE」(羽住英一郎監督、東出昌大さん主演)の製作にもかかわっている。

 「最近は若者の車離れがいわれているが、映画を見た人が、車やモータースポーツを好きになるきっかけになればいい」


奴田原文雄(ぬたはら・ふみお)さん
 1963年生まれ。1986年から公道や林道で競う自動車レース「ラリー」を始める。1990年、全日本選手権に本格参戦。シリーズ総合優勝10度を誇る。2004~2008年には「F1」と並ぶ世界最高峰の「WRC(世界ラリー選手権)」に参戦し、2006年はモンテカルロ・ラリーでの初優勝を含む年間3勝を挙げ、シリーズ総合2位を飾った。2017年は4月の久万高原ラリー(愛媛)で優勝し、総合2位に付けている。三菱自動車の「ランサーエボリューション」に乗ることから「ランエボのヌタハラ」と称される。

カテゴリー: スポーツ嶺北


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