2017.07.27 17:00

【いのぐ】「中学生も助ける側に」 東日本大震災から学ぶ備え

 7月8日に高知県高岡郡佐川町で行われた高知新聞社主催の「佐川いのぐ塾」に、防災いのぐ記者15人が参加しました。7月の「読もっか いのぐ」では、いのぐ塾で講演した宮城県南三陸町の元消防団員、阿部博之さん(59)の体験談と、講演後に地元佐川町のいのぐ記者2人が阿部さんにインタビューした内容を紹介します。東日本大震災を経験した阿部さんは「中学生であっても人を助ける側に回る気持ちで臨むことが大事」と話します。震災への備えを考えてみましょう。



阿部博之さん
阿部博之さん
《あの日 何が起きたのか…(阿倍さんの体験より)》
阿部博之さん
南三陸町生まれ、農業
元・南三陸町入谷消防団副分団長
25歳で消防団に入り2017年3月まで活動

震災の被害(南三陸町)
・2011年3月11日午後2時46分地震発生
・死者=約600人、行方不明者=約200人
・建物被害=3321戸(住宅全体の約62%)
・最大避難者数=33避難所約9800人(町の人口約1万8000人)

消防団の活動
〈11日〉
地震発生=防災無線が響く中、地区住民の安否確認。その後、防災無線は途絶える
夕方=みんなで毛布を持って集会所に集まる。女性たちが炊き出し。津波が来たことを知る

夜中=沿岸部へ向かう車を止める

〈12日〉
早朝=消防団員約50人で、沿岸部へ救助に向かう。大津波警報が出ていた
   がれきの山、ぬかるみの中を歩いて、約3キロメートル先の病院へ

病院では約230人が孤立
 海面の変化を監視しながら避難ルートを確保し、約120人を避難誘導

教訓として
「知識の備えが役に立つ」

①道を知る
主な道路以外に道はあるか? 道幅は? 舗装は?

②地を知る
川や山、地名の由来は? 神社のある場所は?

③人を知る
どんな人が住んでいる? 誰が助けてくれる?


《逃げる気持ちが命守る》 いのぐ記者がインタビュー

 阿部さんの講演が終わった後、参加した防災いのぐ記者たちは感想を話し合いました。そして、もっと阿部さんに聞いてみたいことを考えました。その質問を佐川町尾川中1年、片岡緑さんと高橋茉央さんが代表してインタビューしました。

東日本大震災が起きる前、消防団ではどのくらい地震の訓練をしていましたか。
 津波に対する備えは、わが町は割とあった方です。(三陸海岸を中心に多くの犠牲者が出た)1960年のチリ地震の津波以降、毎年訓練をやってきました。地震で倒壊したがれきから人を救い出すという訓練も過去に1、2度やりましたが、基本的には(地震の揺れより)津波に対する備えをどうするかという訓練でした。

亡くなる方や行方不明になる方を減らすにはどうしたらいいですか。
 常に危機感を持つことが一番大事。3・11の2日前に震度5の地震があって、数十センチメートルの津波が来ているんですね。その地震が心構えになった可能性があります。あの揺れで津波が来た、この揺れだったらとんでもない津波が来る。だから逃げようと思った。三陸地方は頻繁に津波が襲ってきた過去の例があるから、逃げる気持ちだけはみんな持っていた。だから人が行方不明や亡くならないようにするためには、逃げるしかないと思います。

小さい子どもやお年寄りはどのように避難しましたか。
 地震が起きた午後2時46分は、子どもがまだ学校にいる時間。親が学校に迎えに行って、引き渡した後に犠牲になった小学生もいる。もし学校にいる時間帯だったら、学校で待機させるのが一番だと思います。(自力で)動けないお年寄りを2人も3人も避難させるのは手が掛かる。非常に難しいですね。もし近くに中学校や高校があれば、手を借りる約束事があればいいのかなとは思います。自分も助からないと意味がないので、絶対無理はしないで。

被災している時に避難所で欲しいと思った物はなんですか。
 人間ってね、欲の動物だってつくづく思いました。今、自分が持っていないものはみんな欲しいんです。物が買える状態ではないので、この機会をなくしたら後で手に入らないんじゃないかという不安感で、みんな物を欲しがった。着る物でも食料でもラジオや乾電池でも、もらえるものはもらっておこう、それが備えだとなってしまう。避難所で欲しかったのは、懐中電灯など明かりが一番ですね。防寒着や、女性からは下着類という声もありました。

消防団に入ってよかったこと、苦労したことは何ですか。
 火事にしろ、今回の災害にしろ、現場っていうのはすごい緊張感のある所なので、あんまり現場を経験したくないなっていう思いはあります。でも消防団に入った限りは、やっぱり自分らがやらなければいけないと思っていたので、誇りに思ってやっていました。

私たちは中学校で防災リーダーをすることがあります。中学生にどういう言葉を伝えたら防災意識が高まりますか。
 まず中学生であっても、人を助ける側に回る気持ちで臨むことだと思います。災害現場ではマンパワー、人の力が足りないんです。例えば何百人もいる避難所で、いろんな指示や伝言を伝えられるのは実は中学生かもしれない。何時に給水車が来ますとか、何時にお医者さんが来ますとか、いっぱいある情報を率先して伝える側に回る。今、自分たちにできることって何だろうという気持ちで臨むことが大事。そうすれば、いっぱい活躍できる仕事はあります。

《いのぐ記者だより》
「行動一つで命は守れる」 ★本山町・嶺北中★

 今回、「佐川いのぐ塾」に参加して、阿部博之さんの話を聞き、少し驚いたことがある。

 それは、地震の後、国道などの大きい道は使えなくても、旧道などの細い道が使える場合があるということ。私は、細い道はがれきや壊れた家の下敷きになって意味がないと思っていた。

 私の住む地域はほとんどが山なので、海からの津波は来ないが、山津波(土石流)がくる可能性がある。せき止められた大量の土砂が一気に流れ下る自然災害だ。地域探索をし、旧道を知ることで命を守ることができることを教わった。

 また、「津波が来ない地域には避難者が来る。その人たちを受け入れる準備をしておかなくてはいけない」という言葉も、とても印象に残った。受け入れる側になるかもしれないことを今まで考えたことがなかった。

 高齢化率が45%を超えた本山町では、数少ない若者が災害時にいかに動くことができるかも重要だと思う。

 災害が起きたとき、どこに逃げるか家族で話し合っておき、地域の避難訓練に積極的に参加するべきだと感じた。

 保健の教科書に載っている応急処置の方法は、忘れないよう復習しなければならない。炊き出しの方法は、誰かに教わり身につける必要がある。

 こうして考えてみると、防災は意外と身近で気軽に学べることでありながら、とても重要なことであると改めて感じた。

(3年、藤本弓奈記者)


8月、熊本の被災地へ いのぐ記者4人決定

 高知新聞社はこのほど、2016年に発生した熊本地震の被災地に派遣する防災いのぐ記者4人を決めました。いのぐ記者を代表し、8月2~4日の日程で熊本県内を回り、復興の状況や被災者の体験談などを取材してきます。

 熊本派遣にはいのぐ記者31人の中から17人の応募がありました。「被災地で何を学びたいか」「学んだことを高知でどう生かしたいか」を盛り込んだ作文を基に選考しました。

 派遣される4人は、明徳義塾中3年、水野みやびさん(高知市)▽市立中村中3年、中屋和佳葉さん(四万十市)▽城西中2年、田部祥一朗さん(高知市)▽夜須中2年、広内琴音さん(香南市)。

 阿蘇大橋が崩落した熊本県南阿蘇村や、仮設団地での生活が続いている益城町などを訪れます。また被災した高知県出身者の話を聞いたり、益城町の木山中学校の生徒と交流したりします。

 熊本県で取材したことは、4人が8月24日付の「読もっか いのぐ」でリポートする予定です。

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カテゴリー: 社会教育いのぐ災害・防災


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