2017.06.19 08:00

声ひろば 2017年6月19日、月曜日

1.太陽館ありがとう
【田中全、64歳、四万十市】
 東京オリンピックが開かれたのは昭和39年、私が小学校6年生の時だった。その記録映画ができたということで、学校全体だったか同学年だけであったか忘れたが、貸し切りバスに乗って太陽館に見に行ったことがある。
 その日は授業はないし、バスにも乗れるということで、みんなおおはしゃぎ。しかし、中村のまちに着き、太陽館に入る時はみんな緊張顔だった。
 太陽館はおまち中村のにぎわいのシンボルだった。田舎の子どもにとっては、中村はそれだけ敷居が高かったし、太陽館はあこがれの的であった。
 当時、中村には映画館が四つあったが、子どもにとって一番なじみ深かったのは怪獣映画もやっていた東宝系の太陽館で、「キングコング対ゴジラ」「モスラ―」は強烈だった。
 太陽館は黒木和雄監督、中島丈博脚本の映画「祭りの準備」のロケに使われたこともある。太陽館は最後まで踏ん張っていたが、2005年に閉館した。しかし、建物はそのまま残り、栄町の飲み屋街の一角で威厳を漂わせていた。その建物がいま解体中である。
 思えば2005年は中村市がなくなった年でもある。太陽館と中村市は運命共同体であったということだ。ありがとう太陽館、さようなら中村市。

2.太陽館とそうちゃん
【宮地由為子、78歳、高知市】
 四万十市の中村太陽館が解体されていると、本紙で報道された。記事を読みながら、私は、太陽館で映写技師として働いていたそうちゃんを思い出していた。そうちゃんは、私たち家族が昔住んでいた、黒潮町(旧大方町)奥湊川の家の近所の青年だった。
 そうちゃんは、映写を独学していたのかどこかで勉強していたのか、昼夜を分かたず映写に没頭していた。
 私の兄が、この映写に興味津々で、そうちゃんの家に入り浸っていた。私も兄と一緒に行って、白い幕に映像が映るのを見て、拍手したのを覚えている。
 そんなある日「そうはえらいこと、中村の太陽館に雇われたつが」「めっそもない出世じゃねえ」と、村中にうわさが飛び交った。それは事実だった。
 後日、兄と一緒にそうちゃんを訪ねた。私は小学生で兄は中学生だった。木戸の人に面会を申し入れると、すんなりと映写室に入れてくれた。そうちゃんは慌ただしく、映写機のフィルムを入れ替えていた。
 私たちに気付くと「おお、俊孝君か! 由為子さんも一緒かえ。よう来たねぇ」と言い「かまんけん、映画を見ていったや」と言ってくれた。遠くから訪ねて来た同村のよしみに対する忖度(そんたく)だったと思う。
 人生の全ての物事には始まりと終わりがある。それにしても太陽館の消滅は、ふるさとの思い出につながっているだけに寂しい。私は新聞を開いたまま、映写技師だったそうちゃんを偲(しの)びつづけていた。

3.小学英語に一言
【都築淳一、64歳、高知市】
 文部科学省は次期学習指導要領で小学英語を教科化するという。私はこれに疑問を感じる。小学生には国語とローマ字の読み書きで十分ではないかと考えるからである。
 アメリカの外交官にとって一番習得困難な外国語は、日本語とアラビア語だと聞くが、その逆も真なりで、特殊な言語感覚の持ち主でない限り、日本人がそうやすやすと英語を学べるわけがない。
 小学生が母国語の基礎もおぼつかない段階で、全く言語系統の異なる英語を学べばどうなるか、考えただけでも空恐ろしい気がする。
 グローバリゼーションの関係で、今や英語が世界語となった感があるが、教養ある英米人は外国人が多少英会話ができてもあまり評価しないとのこと。要は英語が話せるかではなく、その内容である。そのためにはしっかりした国語力に基づく読書体験がものをいう。
 子どもをアメリカ、イギリスの大学に留学させれば話は別だが、一般家庭にはそんな経済的余裕はないだろう。英語習得とは別の問題だが、読書離れもあって日本人の国語力の低下がいわれる昨今、小学生には「正しい美しい日本語」をと、声を大にして言いたい。

4.不幸な星の下
【徳田武士、68歳、高知市】
 私は逆子で、この世に生を受けた時、まったく動かなかったそうだ。祖母が私の体をバンバンたたいて蘇生させ、産声をあげたとの事!
 私の人生は度重なる入院手術の連続で、頭から足まで全て行った。2度3度ならず4度目は心臓が止まり、医師の懸命の施行で一命を取り留めた。
 私の周囲には元気なお年寄りがたくさんいて、うらやましく思う。体に爆弾を抱える自分が哀れで将来が見通せない。何度もメスの入った体。この年齢になると、疲れもたまりやすくなる。
 不幸な星の下に生まれたと嘆く私に、先輩は「星は輝いている。不幸な星などひとつもない」と言う。「星は光り輝いて私たちに祈ることの大切さを教えてくれている」「祈ると気持ちが前向きになる」と。
 入退院を繰り返し失意の私を励ましてくれるのは先輩や合唱団の仲間そして友人だ。歌えば楽しくなる、元気も出てくる。私は無二の親友、子や孫のゆく末を見とどけるため、バイト仲間や施設のお年寄りに元気を分けてもらいながら今を生きる。たとえ希望の光が今は見えなくても、皆の幸せを祈りながら今を生きていく。自分の足元をしっかり見つめて先輩や、おんちゃん合唱団の仲間、友達と共に!

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