2017.06.18 08:00

【国会閉幕】「言論の府」は死んだのか

 通常国会はきょう会期末を迎え、閉会する。
 政治への国民の不信が今国会ほど高まったことは、近年なかったのではないか。
 学校法人「森友学園」や「加計(かけ)学園」を巡っては、ともに安倍首相に近い両学園側に政権の働き掛けや官僚の忖度(そんたく)があったのではないか。政治の「私物化」が疑われる重大な問題にもかかわらず、真相解明への姿勢は極めて消極的だ。
 加計問題では総理や官邸の意向と書かれた文書を当初、「怪文書」と切り捨て調べようともしなかった。世論に押されて調査した結果、存在を認めるお粗末ぶりを露呈した。
 南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報問題もしかり。派遣部隊は現地の情勢を「戦闘」と表記していたのに、政権側は「衝突」と強調していた。この日報も「廃棄した」とされていたのが、後日見つかっている。
 野党の批判や追及を避けるためには「ある」ものを「ない」と強弁し、「黒」を「白」と言い換える。こうした強権的な姿勢が、5年近く続く「安倍1強」政権のおごりや慢心からきているのは間違いない。
 そもそも安倍首相自身、立法府をどれだけ尊重しているか疑わしい。
 5月、憲法に自衛隊を明記する「9条加憲」を読売新聞の紙上などで提起した。国会でただされると「新聞を読んでほしい」と言ってのけた。行政府の長ゆえ改憲への言及を避けた事情はあるにせよ、そこに憲法問題を国民に広く、丁寧に説明する姿勢は見えない。
 会期末を目前に、「共謀罪」法を成立させたことも極めて問題が大きい。とりわけ批判されるべきは、与党が参院法務委員会での採決を省略する「中間報告」という強硬手段に打って出たことだ。
 中間報告は国民の代表である国会議員から、審議の場を奪うことにほかならない。だからこそ実施には十分な慎重さが求められる。「良識の府」とも呼ばれる参院には、衆院での多数与党の行き過ぎをチェックする役割もあるはずだ。
 にもかかわらずこうした乱暴な運営がまかり通っていけば、参院の与党議員自ら「参院無用論」に拍車をかけることにつながろう。
 「国会は死んだのかもしれない」―。作家の高村薫さんが緊急インタビューに答えてそう語っていた。
 野党の批判を封じるために情報を隠蔽(いんぺい)し、異論に耳を傾けず、議論の場さえ取り上げる。もしも与党がそうした国会運営を行うなら、「言論の府」は確実に死んでしまおう。
 多くの問題を抱える政権を攻めあぐねる野党の「ひ弱さ」にも問題はある。だが、まずは巨大与党が謙虚に、誠実に説明責任を果たさなければならない。
 森友、加計問題やPKO日報に関する疑惑は何一つ晴れていない。「共謀罪」法への国民の懸念もそのままだ。国会が負う責任はますます重い。
カテゴリー: 社説


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