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安保法案は何を変えるか

15年9月16日付・朝刊

「軍事介入正当化の論理」 

あらためて「集団的自衛権」とは

識者指摘「自国防衛と本質違う」

 安全保障関連法案ができれば、日本が行使可能になる「集団的自衛権」―。内閣法制局の判断などに基づき、歴代政権がずっと「違憲」としてきたこの権利を「自衛には必要では?」と考える人は多い。これに対し、「従来の自衛権とは全く違う概念」「歴史的に他国介入の手段として使われてきた」と識者たちが指摘する。早稲田大学教授の長谷部恭男氏(58)=憲法学=らにあらためて聞いた。

 日本が従来持つ個別的自衛権は、他国による日本への攻撃に武力で反撃する権利を指す。これに対し「集団的自衛権」は日本への攻撃がなくても、友好国などが攻撃されたときにその国と一緒になって「敵国」に武力を行使する権利を言う。いわば、「他国を守る権利」だ。

しばしば先制攻撃

 防衛庁(現防衛省)元官僚で、内閣官房副長官補も務めた柳沢協二氏(68)は「あたかも『中小国が集まり大国から身を守る美しい友情関係』と推進派は言うが、実態は違う。大国が小国に軍事介入することを正当化する論理として使われてきた」と説明する。

 集団的自衛権の歴史を振り返ると、冷戦下の1956年に起きた「ハンガリー動乱」がある。旧ソ連の衛星国だったハンガリーで暴動が起き、旧ソ連が軍事介入した。同じ東欧のチェコスロバキアで自由化運動「プラハの春」が起きた際も、旧ソ連などは集団的自衛権を口実に侵攻した。

 1960〜1970年代に泥沼化したベトナム戦争への米国介入も一例だ。

 2001年、米中枢同時テロ後に米国がアフガニスタンに侵攻したときも、北大西洋条約機構(NATO)諸国は集団的自衛権を行使して軍隊を送った。

 2015年6月、衆院の憲法審査会で安全保障関連法案を「憲法違反」と断じた長谷部氏は「過去の行使例はいずれも自国防衛とは関係がなく、武力行使の正当性に疑いのあるものも多い」と指摘する。

 学習院大教授の青井未帆氏(42)=憲法学=も、同様の事例と見立てを挙げて、こう言う。

 「恣意(しい)的な力の行使であり、乱用と言うべき事例が多いことは広く知られている。しかも、しばしば先制攻撃だった」

新3要件も疑問

 識者たちは、安全保障関連法案の「必要性」にも首をかしげる。「他国を守る権利」である集団的自衛権を、政府や賛成派議員が「自国を守るために必要」と説明することに矛盾を感じているからだ。

 安全保障関連法案の必要性をめぐる議論では「北朝鮮のミサイル発射」「尖閣諸島を含めた中国の海洋進出」なども取りざたされ、推進派は集団的自衛権が行使できないと日本を守れないかのような説明を続けている。

 柳沢氏は「日本への攻撃だと判断できる状況なら、当然、従来の個別的自衛権で対処できる」と反論。その上で、政府が集団的自衛権の行使に歯止めをかけるとして設けた「新3要件」にも疑問を向ける。

 「グローバル化した社会では、世界中の多くの事象で『日本の存立を脅かす』と理屈が言える。実際は日本でなく、米国のためでも軍事協力ができる」

 青井氏も「限定的な行使と言っても、行使するかどうかは『総合的に考慮して決める』と政府は説明しています。結局、限定されるかどうかも含めて政府次第」と懸念する。

 この点を長谷部氏はこう批判した。

 「政府の説明は(新3要件によって歯止めがかかり)従来の個別的自衛権に『毛が生えた』程度だ、と。しかし、それなら抑止力も『毛が生えた』程度にしか高まらない」「逆に、例えばホルムズ海峡など、地球の裏側まで出掛けての武力行使も可能という人たちもいる。それなら行使は限定されていないことになります」

武力行使の新3要件 政府が2014年7月に閣議決定した憲法の解釈変更によって、以下の要件を満たす場合、集団的自衛権の行使ができるとした。@日本と密接な関係にある他国への武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があるA日本の存立を全うし、国民を守るためにほかに適当な手段がないB必要最小限度の実力行使にとどまる。


 
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