安保法制 関連記事

安保法案は何を変えるか

15年8月5日付・朝刊

「中国脅威論」冷静か 

集団的自衛権の抑止期待は“的外れ”

専門家ら「逆効果」と指摘

岐路に立つ日中関係

 集団的自衛権が必要な理由として日本政府は「国際情勢の変化」を挙げている。安倍晋三首相は国会答弁で中国を名指しし、海洋での動きを例に「中国の脅威」を強調し始めた。これに対し、中国を長年研究する専門家は、脅威の存在を認めつつも「集団的自衛権は抑止に働かない」「逆に状況は悪化する」と指摘している。

 政府は7月下旬、東シナ海で中国政府が一方的にガス田開発を進めているとし、証拠の航空写真を公表した。逆風の吹く安全保障関連法案の審議を有利に進める狙いとされる。

 中国の脅威が取りざたされる理由は主に二つある。

 一つは、1980年代末からの軍事力の増強。中国は国防費をほぼ毎年、前年比10%以上増やし、ここ10年で3・6倍になった。

 もう一つは中国の海洋進出だ。尖閣諸島や南沙諸島の領有権を主張し、領海・領空を再三侵犯。南シナ海で埋め立ても行っている。

 ■急速発展で過信

 中国政治を研究する早稲田大学の天児慧教授(68)は、中国の海洋での動きを「自国の領土というメッセージを国内外に強くアピールする狙いがある。将来は中国が主導権を発揮する海域にしたいのだろう」と分析する。

 同じく中国政治が専門の東京大学の高原明生教授(57)は「中国は経済の成長に伴い軍事を強化すると明言している。過去に自分たちが弱かったから侵略された、という考え方などが基本にある」と話す。

 2012年に日本政府が尖閣諸島を国有化して以降、日中では首脳会談などの協議が中断。2010年に中国漁船と海保の船が衝突した後、中国側はレアアースの輸出制限を行うなど強硬姿勢を続け、関係は「戦後最悪」と形容された。

 天児教授は「中国政府は急激な経済発展で自国の力を一時、過大に認識した。北京五輪を開き、日本の国内総生産(GDP)を超え、要は気分が良かった。外交も強硬でいけると過信していた」と振り返る。

 ■迫られる転換

 「ただ…」と天児教授と高原教授は口をそろえる。

 「中国は今、姿勢を変化させ、関係改善を模索しています」

 2014年11月、約2年半ぶりに日中首脳会談が北京で開かれ、今年、外交・防衛当局者間の協議も再開した。

 これらは中国政府の変化の表れという。

 昨年から中国経済は減速が目立ち、不動産市況なども軒並み悪化。公共投資と不動産開発を中心にした経済から構造の転換を迫られている。

 天児教授は「経済減速や海洋行動に対する国際批判の高まりで、中国は2014年11月、党の外交会議で戦略を見直した。習近平政権では今が最も日本に関係改善の意向を示している。本音はどうあれ、大事なのは、衝突を避ける対話の枠組みをつくれるのは今だということ」と強調する。

 高原教授も「『日本と経済的にけんかしてもへっちゃら』との姿勢はもうない。中国から外資が引き始めていることもあり、日本との経済や技術協力の重要性を再認識し始めている」と話す。

 ■国内向けカードに

 「なぜ今、安保法案が必要なのか」

 天児教授はそう疑問を投げる。法案は「逆に中国側のナショナリズムをあおり、日本に対抗しようと指導部の結束を高める」とみるからだ。

 高原教授も「中国の行動を抑える効果はない」とする。

 安保の専門家にも同様の声がある。

 防衛庁(現防衛省)に長年勤めた元内閣官房副長官補の柳沢協二氏(68)は「尖閣諸島の有事が心配されているが、そもそも従来の個別的自衛権の範囲内で対応できる。集団的自衛権の行使が可能になると、例えば、南シナ海で中国軍をけん制しようと米軍が出て、自衛隊も同行した場合、緊張が高まって戦闘になる恐れがある」と批判する。

 これら専門家に共通するのは、中国の脅威が存在しても集団的自衛権の必要性には結び付かないとの指摘だ。

 天児教授は「両政府とも『反中』『反日』を国内支持の政治カードに使っている。脅威ばかりを議論していると、より大事な部分を見失う」と警告する。

 高原教授は「政府間に信頼がないので中国の動向が心配になる。中国も発言と行動が違うことは多い。互いがどう重要な存在か、認識や考えを正確に伝える仕組みを今作るべきだ」と話している。

発言録 国際秩序と相いれぬ/意思は推測

 ■安倍晋三首相(いずれも参院平和安全法制特別委員会で)
 「安保環境は大きく変わった。尖閣諸島周辺では中国の領海侵入が繰り返され、東シナ海の境界未画定海域で一方的に資源開発が行われている。南シナ海では大規模で急速な埋め立てを一方的に強行し、国際秩序とは相いれない独自の主張に基づき、力による現状変更の試みを行っており、国際社会の懸念事項になっている」(7月29日)

 民主党議員から「米国を攻撃した国に日本を攻撃する意思がなく、予測もされないのに、日本が先に攻撃すれば先制攻撃になる」との指摘を受けて
 「武力行使の新3要件に当てはまる場合は先制攻撃でなく、集団的自衛権行使だ。攻撃国に意思が全くないかどうかは推測しなければいけない。攻撃国の意思や能力などを総合的に判断する。攻撃の意図を隠していることもある」(7月28日)

 【画像】岐路に立つ日中関係。「抑止」や「脅威」という言葉だけで語っていいか(コラージュ)


 
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