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特定秘密保護法案 インタビュー

13年12月5日付・朝刊

L大田昌秀・元沖縄県知事

「法律ができれば、真っ先に影響を受けるのは沖縄です」と訴える大田昌秀さん(那覇市内)

 怖い法律、ぞっとする

 大田昌秀さん(88)は1990年から2期8年、沖縄県知事を務め、沖縄の米軍基地返還を求め続けた。戦争中は鉄血勤皇隊の一員として沖縄戦も経験している。「戦前、戦中を知っている人間からすると本当に怖い法案。日本がどんな国になるか考えると、ぞっとする」。米軍基地が集中する沖縄からの警鐘に耳を傾けた。

 大田さんは沖縄戦の時、鉄血勤皇隊に動員され情報宣伝隊(千早隊)に所属。司令部の中で作られた新聞や、口頭で住民に戦況を伝える役目だった。

 「敵の軍艦を何隻沈めたとか、飛行機を撃墜したといった内容だったけど、うそも多かった。特に戦況が悪くなるにつれ、軍に都合の良い、いんちきな情報ばかり。アメリカはできるだけ事実を伝えて、自国民に判断してもらうという姿勢だったけど、日本は都合の悪い情報は流さなかったんです」

 「戦前、戦中に国民の生命財産を守るためと言って、数多くの秘密保護法制ができたけど、結局300万人以上が犠牲になった。権力側はやろうと思ったら何でもやります」

 沖縄本島は、面積の約18%が米軍基地だ。知事時代は基地返還プログラムを策定し、早期返還を訴えた。96年に当時の橋本龍太郎首相とモンデール駐日大使が会談し、5〜7年以内の普天間飛行場返還に合意した。しかし、住民代表である知事に対し、日米両政府は交渉の詳細を伝えなかったという。

 「返還が決まって最初は跳び上がって喜びました。でも、返すことは返すけど、どこかに代わりを造る、と。しかも辺野古なんて最初は言ってなかった。辺野古の建設では日本側が5〜7年、5千億円以内と言っているのに、アメリカの国防総省や会計検査院の資料には運用開始まで12年、1兆円かかるとある。今でもちゃんと情報を出していません」

 「政府が情報を教えてくれないから、アメリカに職員を派遣し、解禁になった極秘文書を全部沖縄に送らせたんです。すると、アメリカは65年ごろから普天間飛行場などをどこかに移そうと計画し、候補地を調査していたことが分かりました。結果、辺野古が良いだろうとなりましたが、当時アメリカには金がなく、計画は放っておかれたんです」

 「(米軍新型輸送機)オスプレイだって米側文書には(沖縄に)配備すると明記されていました。日本政府は最近まで、配備しない、聞いてない、と言い続けたでしょ? 全部隠すんです。こうしたことは米側文書で分かった。秘密保護法ができると、アメリカ側も情報を閉ざすようになるかもしれません」

 さらに大田さんは、情報が入手できなくなれば行政として対処できなくなる、と言う。

 「原子力潜水艦が寄港したとか、日米の合同軍事演習があったとか。新聞にも載っている、こうした情報が出なくなる恐れがあります。オスプレイが夜間飛ぶなどの違反飛行をしていないか、住民らが監視している。それもできなくなる恐れがあります」

 「知事の時、ハワイの米軍基地には環境の専門家がいるのに沖縄にはいないことが分かって、抗議したことがあります。フェンスの向こうで何が起きているのか分からなくなれば、そんな比較もできない。情報が取れないと行政として手詰まりになると思います」

 特定秘密の有効期間について、一部例外を除き最長60年にしている点にも危機感を募らせる。

 「どの国にもこういう法律があるのは知ってます。でも日本は極端。アメリカは機密文書も25年とか30年で公開する。日本の民主主義はまだ成熟していません。戦前みたいに、日常生活が法的にがんじがらめに規制される恐れがあるんです」

【写真】「法律ができれば、真っ先に影響を受けるのは沖縄です」と訴える大田昌秀さん(那覇市内)


 
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