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 亡き父にささぐ甲子園 高知商の溝渕選手

亡父の指導を受けた少年野球の仲間に激励される溝渕選手(中央)=香南市野市町の野市小 天国の父に届け、甲子園切符―。全国高校野球選手権県大会を制した高知商高の溝渕悠人選手=香南市野市町=は昨年1月に父、敏博さん=当時47歳=を突然の病で亡くした。父も高知商野球部OBだが、甲子園の土は踏めなかった。決勝打を放った息子は「父の力も借りて打てたのかも」と父に勝利報告した。

 敏博さんは投手だったが、ベンチ入りは果たせなかった。しかし、卒業後も地域の少年野球指導に取り組むなど野球にかかわった。そんな父を見て育った悠人選手は、小学生になると迷わず父が指導する「野市ファイヤーズ」で白球を追った。

 悠人選手は野市中で県中学選手権4強。父の母校へ進学した。1年生の秋、背番号19で公式戦に出場。父が届かなかったレギュラーの座が見えた時、突然敏博さんを病魔が。大動脈解離。すぐに手術したが、05年1月に帰らぬ人となった。

 悠人選手は手術直前の父から「好きな野球、とにかく頑張れ」と声を掛けられたという。胸に刻んだ最期の言葉を思い返し「楽しく野球をしなければ父は喜ばない」。ひたすら練習に励んだ。

 そして、高校最後の夏も決勝。同点の八回、走者を置いて悠人選手に打順が回った。「悔いのないよう、とにかく振り抜く」と誓い打席に。狙い球の直球ではなくスライダーに体勢を崩されたが、左手一本でレフト前に勝ち越し打を運んだ。父の思いも乗り移った執念の一打が9年ぶりの甲子園出場に結び付いた。

 「甲子園に行けるまでは」と控えた墓参りには決勝翌日に行った。「父が人として大きくなることを教えてくれたから、ここまで来れた」。悠人選手は感謝の気持ちと夢舞台での活躍を墓前に誓った。

 【写真説明】亡父の指導を受けた少年野球の仲間に激励される溝渕選手(中央)=香南市野市町の野市小

(2006年7月30日付・朝刊)


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