|
最後まで3年生信じる 「西原流」一途な采配
3点を追う七回は二死満塁。高知商の9番石川はカウント2―2から6球目の外角スライダーをしっかり見極めフルカウントにした。“押し出しで1点”もちらつく場面だが、打席の主将にそんな気は毛頭なかった。7球目をフルスイング。左翼線を破る走者一掃の二塁打で同点にした。8年間遠ざかった甲子園に向けて高知商が大きく踏み出した瞬間だった。
「今年は打撃のチーム。打って勝つしかない。ここまできたら3年生の力を最後まで信じたい」。塁上をにぎわすものの、得点できない嫌な流れで三回以降ずっと3点差を追った。だが、西原監督は一途(いちず)な選手起用を貫いた。
2―5の六回、どうしても先に欲しかった1点を奪うタイムリーを放ったのは2番前田。準々決勝までの3試合で4失策のショートは、準決勝でスタメンから外れた。1つの失策が命取りとなる決勝で右肩を故障しており送球面に不安があった3年生の先発出場を決めたのは、「最後の大会に懸ける思いを信じる」(西原監督)だった。そんな監督采配(さいはい)に選手が応えないわけがない。
3年の中平から2年小松への継投策も大会前から決めていた。中平は「全力でいけるところまで行って、小松に託す」。小松は「中平さんの後は自分。どんな場面でも行けるようにしてました」。決勝は一回からブルペンで肩と心を準備した。
決勝を約3時間後に控え、学校のグラウンドで最後の練習を終えた直後、西原監督は3年生だけを集めた。「負けても責任は全部私にある。結果を恐れるな。自分たちが3年間頑張ってきたという思いを決勝で出し切ろう」と切り出した。
高校野球には“最後の夏”が出させる力がある。高知商OBの監督は1976年、最後の夏に敗れた。2003年2月から指揮を執り3年5カ月。ナインの一番近くで叱咤(しった)激励してきた指導者の思いにナインが応えた。(青木一英)
反撃呼ぶ粘りの投球 小松「怖がらず内角攻め」
三回途中から登板の2年生小松の粘りの投球が終盤の反撃を呼び込んだ逆転だった。九回、最後の打者を一塁ゴロに打ち取って控えめなガッツポーズで喜びを表した右腕は「どの回も苦しかったけれど、怖がらずに内角を攻めました」。
明徳はベース寄りに立ち内角球を投げにくくしてきた。それでも、小松はその胸元を攻めた。変化球を見せ球に勝負どころでは直球勝負。背番号1中平を救援した三回一死一、二塁は連続6球のストレート。セカンドライナーの併殺でしのいだ。2―5からの次の1点は六回高知商に入った。四―六回を3人ずつで抑えたことが、七回に始まった反撃につながった。
西原監督は「うちが先に得点するまで抑えてくれたことが大きかった」と背番号10を褒めた。(青木一英)
(2006年7月27日付・朝刊)
【写真説明】3回途中からリリーフして1失点と好投した高知商小松(春野球場)
|